死神と逃げる月

□全編
229ページ/331ページ

《家出・3》




僕の短い家出は終わった。




タクシーで家まで帰ると、カサお化けが日傘を差して駆け寄ってくる。




最近また夏に戻ったような陽射しが照りつけているし、日傘が必要なのだ。




「心配したのよ。どうして急にいなくなったりしたの」




言えない。




僕は唇を噛んで下を向いた。




本当はすぐにでも二階の部屋へ逃げ込みたい。




「言えないことなの?」




言えない。




一番の理由は言えない。




夏休みが終わって、学校が始まって




またあの、いじめっ子たちに会うのが嫌だから




逃げ出したなんて、格好悪くて言えない。




「私もね、家出をしたことがあるの」




「え?」




そんなことをするようには、全く見えなかった。




大人しいし優しいし、人を困らせることなんてしたことないんだろうって。
そう思っていた。




「家出と言っても、その頃は病院だったけれど。何もかも嫌になってね。内緒で遠くまで行ったわ」




そうだわ、動物園に行ったんだ。
カサお化けは懐かしそうに手を叩く。




それを聞いて僕は、ああ僕もそういう所に行けば良かった、と思った。




「その時は何か悪いことをしているような、だけど自分がヒーローになったような、不思議な気分だった」




「僕も!そうだった!」




無我夢中で走って、ひとりぼっちになってようやく




憧れていたヒーローに、なれたような気がしたんだ。




だけど本当は、ただの迷子。
ヒーローなんかにはなれなかった。




強がっていたけど、寂しくて怖くて、ずっと泣きたくてたまらなかったんだ。




日傘の女性は、にっこり笑って「おやつでも食べながら話しましょう」と言った。




「その時のことは誰にも内緒にしてたから、話したいことが沢山あるの。あなたの話も聞きたいわ」




僕は今だけはヒーローをお休みすることにして




カサお化けに手を引かれながら、泣いた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ