死神と逃げる月

□全編
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《家出・2》




「迷子になったら、お腹もすいただろう」




タクシーの運転手はコンビニで買ったあんパンを




後部座席の少年に渡した。




「迷子じゃないです。家出です」




少年は俯いて答える。




住所を忘れてしまったと言うので、とりあえず少年が来た道を戻るように走ってはみたのだが。




「何か目印とか無いのかい」




あんパンを頬張る少年に、バックミラー越しに問いかける。




「いつも郵便局の近くを通ります。そこへ行けば分かると思うので、お願いします」




礼儀正しい物言いだ。
きちんと、しつけられているのだろう。




迷子の家出少年を乗せたタクシーは交差点を直進する。




神社の脇を走り抜ける頃、あんパンは少年の胃袋に収まっていた。




ここから郵便局へ出られる道もあるが、一通になっているので回り道。




そうして辿り着いた郵便局の、そのすぐ横を少年は指差した。




「これ、この道です」




「え、こっち?」




それは先ほどの神社へと続く道。




もうじきイチョウの黄色で一杯になる、緩やかな坂道だ。




なんだ、それならわざわざ回り道なんてする必要なかったんじゃないか。




「向こうに神社があるので、右に」




「右?」




結局さっきのコンビニの方向へ。
これじゃあ迷子にもなる訳だ。




巡り巡って、元の場所。




コンビニの前を通過して、少年の指差す二階建ての家。




「ここ、僕の家です」




「え?ここ?」




ここは確か。




以前、具合を悪くした日傘の女性を送り届けた家。




巡り巡って、こんな場所まで。
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