死神と逃げる月

□全編
226ページ/331ページ

《スーパームーン》




目覚めの一服を体中に染み渡らせ、




始まりを探す彼女はその香りに酔いしれる。




それから喉の渇きを感じたのでキッチンに向かい




温かいレモネードを飲みながら、昨夜見た夢を思い出していた。




この部屋には窓がないが、彼女が壁に描いた窓の絵ならある。




窓の向こうには小高い丘があり、大きな木が一本だけ立っている。




そして木陰には、やはり彼女が描いた人影がふたつ。




「夢の中では、このうちの一人が自ら『侵入者』と名乗ったが」




ふたつの人影は何の変わりもなくそこに立っていた。




変化があったのは、絵の中の別の場所だ。




窓いっぱいに広がった枝葉の隙間から何かが見える。




少し赤みがかった黄色の、丸い物体。




「月だ」




その時、彼女は初めて気付いた。




この絵の中では風が吹き、木がそよいでいる。




閉じ込められたはずの世界に時間が流れており、




そしてとうとう月が昇ったのだ。




一般に知られている姿と比べると随分大きな月だ。




いや、月の大きさは変わらない。




変わるのは距離、所謂スーパームーンという現象だろう。




「ああ、なんと不吉な」




彼女は月が嫌いだった。




大きな月は特に嫌いだ。




彼女はこの絵の中の赤い月より、もっと大きな月を知っている。




いや、月の大きさは変わらない。




変わるのは距離。




距離なのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ