死神と逃げる月
□全編
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《スーパームーン》
目覚めの一服を体中に染み渡らせ、
始まりを探す彼女はその香りに酔いしれる。
それから喉の渇きを感じたのでキッチンに向かい
温かいレモネードを飲みながら、昨夜見た夢を思い出していた。
この部屋には窓がないが、彼女が壁に描いた窓の絵ならある。
窓の向こうには小高い丘があり、大きな木が一本だけ立っている。
そして木陰には、やはり彼女が描いた人影がふたつ。
「夢の中では、このうちの一人が自ら『侵入者』と名乗ったが」
ふたつの人影は何の変わりもなくそこに立っていた。
変化があったのは、絵の中の別の場所だ。
窓いっぱいに広がった枝葉の隙間から何かが見える。
少し赤みがかった黄色の、丸い物体。
「月だ」
その時、彼女は初めて気付いた。
この絵の中では風が吹き、木がそよいでいる。
閉じ込められたはずの世界に時間が流れており、
そしてとうとう月が昇ったのだ。
一般に知られている姿と比べると随分大きな月だ。
いや、月の大きさは変わらない。
変わるのは距離、所謂スーパームーンという現象だろう。
「ああ、なんと不吉な」
彼女は月が嫌いだった。
大きな月は特に嫌いだ。
彼女はこの絵の中の赤い月より、もっと大きな月を知っている。
いや、月の大きさは変わらない。
変わるのは距離。
距離なのだ。