死神と逃げる月

□全編
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《スペースキャット》




サチコは猫である。




名前は本名ではない。




彼女を拾ったブティックの店主によって、サチコと名付けられた。




ショーウィンドウから駅前を眺めて暮らす日々も、1年半を数えようとしているが




天候や季節、他にも毎日色々な変化があって飽きないし




考え方によっては、気ままで良い生活かもしれない。




大通りを挟んだ向かいにある公園も、先日は珍しく賑わいを見せていた。




どうやらこの公園では毎年、夏の終わりにお祭りがあるらしい。




普段は海沿いや河原の方で暮らしている人たちも、その日ばかりは駅前に集まり




生まれ育った街の思い出を刻むように笑い合うのだ。




そう言えば、こないだは嘘吐きな彼女の姿も見かけた。
もう別の街に行ったと思っていたが。




(彼女を見るたびに、何処かで会ったような気がしていたけれど)




(思い出して見れば何のことはない、よくよく知っている相手じゃないか)




(彼女は、私の……)




「スペースキャットだ!」




(!!)




ショーウィンドウのガラスにへばりつくようにして、男の子が顔を近付けてきた。




「お前は宇宙猫、スペースキャットだな!たーん!」




男の子は街中のあらゆるものを敵に見立てて




パトロールに勤しんでいる英雄気取りの小学生。




見かけたことはあったけれど、ついにサチコも標的となった訳だ。




しかも宇宙猫だなんて。




(どうあっても、その設定を押し通すつもりね)




(良い街だけれど、そういうところが面倒だわ)




サチコは少し意地悪をしてやりたくなった。




『そうよ。私はスペースキャット。知られたからにはタダで帰す訳にはいかないね』




体勢を低くしながら目を大きく見開き、牙を剥いて威嚇する。




すると小学生は一目散に逃げて行った。




(あら…ちょっと怖すぎたかしらね。悪いことをしたわ)




本当は彼と仲良くなりたかったのかもしれない。




次に会う時は、もう少し優しくしてあげなくては。
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