死神と逃げる月
□全編
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《独白・2》
「あ、リボンちゃん」
駅前のブティックには、尻尾にリボンを付けた白猫がいる。
魚屋の娘は猫の名前を知らないので、リボンちゃんと呼ぶことにしていた。
「ああ、アレが気になるのかな」
珍しく店の外に出ていたその猫の視線の先では
公園に建てられた櫓の解体が行われている最中。
今年の夏も終わりを告げ、秋刀魚の美味しい季節がやってくる。
と言っても彼女は魚が食べられないのだが。
「Meow」
魚屋の娘が手を出すと、猫はニオイを嗅ぎ始めた。
くすぐったい。
(そんなに魚のニオイが染み付いてるのかな)
もう片方の手を嗅いでみるが、分からない。
臭かったらどうしよう。
嫌われてしまうかしら。
彼女は今、恋をしている。
「…勢いで渡しちゃったけど、あんな手紙読まされても困るよなあ」
ちゃんとしたラブレターにもなっていない、幼稚な絵空事。
あれ以来、手紙は出していないから
彼ともパッタリ会わなくなった。
彼女も彼女で、元々引っ込み思案な性格ではあったけれど
近くでバイクの音が聞こえると、慌てて店の奥に隠れてしまったり。
「変な奴だと思うよね。絶対。私ならそう」
猫に手を委ねたまま、魚屋の娘はぶつぶつと独り言。
猫は彼女を見上げてまた「Meow」と鳴いた。
「次に会う時が気まずいなあ」
真っ白な猫に藍色のリボン。
彼女の頬は少し赤らんでいた。