死神と逃げる月
□全編
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《夏祭り・2》
急に冷え込んだ8月の末。
秋の到来を感じさせる風と、夏を終わらせまいとする蝉が競ぎ合い
それを見守る曇天は雨を降らすタイミングを待ち構えている。
嘘吐きな彼女は今日、久しぶりに愛犬と散歩をする約束だったので
雨よ降るな、と念じながら家まで急いだ。
駅の方から大きな音が聴こえる。
そうか。
ちょうどお祭りの時期だった。
この街の夏祭りは少し遅くて
お盆も過ぎた今頃の時期に、駅前の公園で催される。
小さい時には毎年楽しみにしていたけれど
次第に行かなくなったのは、だんだんと人生が忙しくなったからかな。
「何だろう。盛り上がってるなあ」
公園を覗くと、広場には大きなステージが組まれ
どうやら町内会の人たちがバンド演奏をしているようだった。
私も浴衣とか着てくれば良かった。
集まった人たちを見て彼女は思う。
「いいぞ八百屋ー!もっと歌えー!」
「うるせぇ布団屋!少しは休ませ……げほ!げほ!」
「やめとけ八百屋ー!次倒れたら死んじまうぞー!」
「上等じゃねぇか酒屋!ステージで往生してやらぁ!」
「貸した金返せ八百屋ー!」
「ばかやろう!30年前の話を持ち出すな!」
知り合いが多いらしく、観客と言い争うたび笑い声が上がる。
「そうだね。昔からそういう街だった」
離れてみて、ますますこの街が好きになった。
嘘吐きな彼女はまた家路を急ぐ。
雨よ降るなと念じながら。