死神と逃げる月
□全編
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《悪者》
僕は見てしまった。
この街を流れている川の土手の上の道の先の工事現場の向こう。
いつの間にか設置されていた自動販売機の脇の一ヶ所フェンスが破れたところをくぐり抜けて、
怪獣みたいなショベルカーが山を少しずつ削りとってできた黄土色の坂を慎重に登って、
木々の間を風になってすり抜けながら今はもう使われていない錆びた水道管が剥き出しになっているその山小屋の、
僕の秘密基地であるその山小屋の中に入ってガラスが外れた雨ざらしの窓の枠にヒジをついて、うとうとしていた時に、
屋根の上の方から変な声が聴こえて、最初はまだ鳴くのが下手な雛鳥が巣の中で喚いているのかと思って見上げたすぐ目の前の木の、
「樹」というより「木」の方が似合いそうな、ひょろっと生えている決して頑丈そうではないその木の上の高い枝に、
黒い服の男が、落ちないようにうまく足を枝に絡ませながら寝そべっていた。
「あ〜、人生は〜、なんて素晴らしい〜……」
鼻歌をさらに鼻にかけたような酔っ払いみたいな声で男は歌っている。
「誰だよう。ここは僕の秘密基地だぞ」
僕が言うと男は歌うのをやめた。
途端に葉っぱが風でざわざわと揺れる。
「さてはお前、ビリー・ジョンの仲間だな」
男は何も答えない。
また鼻歌を歌い始める。
「お〜、生きるって〜、なんて美しい〜……」
こんな黒い服を着ているんだ。悪者に違いない。
もしかしたら、悪の秘密結社「バックギャモン」のボスかもしれない。
そうだとしたら強敵だ。
僕は一時退却することにした。
「今度会ったら、必殺技をお見舞いしてやるからな」
それから来た道を逆に戻り、フェンスの破れたところをくぐり抜けた辺りで、僕は転んだ。
ついに本当の悪者を見つけたんだ。
僕は嬉しくて走って帰った。
擦りむいたヒザがじんじんと痛かった。