死神と逃げる月
□全編
210ページ/331ページ
《猫のニオイ》
真夜中、ハナは夜空を見上げます。
可愛いあの子が教えてくれた、青くて白い犬の星。
あの子も今頃、見ているかしら。
会いたいな。
元気にしてるかな。
もう帰ってこないのかな。
様々な想いが夜空に浮かんでは消えてゆきます。
その時、目の前を真っ白な猫が横切りました。
珍しいことだわ。
こんなところで猫を見かけるなんて。
ハナはその白い背中を目で追いかけます。
きっと普段はどこか決まった場所で静かに過ごしているのでしょう。
今夜はちょっぴり気分転換のつもりで夜のお散歩かしら。
あるいは何かを待ちくたびれて、業を煮やしたのかもしれない。
けれどそんなことよりも、ハナには気になることがありました。
姿は間違いなく猫なのに。
不思議で仕方がないわ。
だって猫のニオイが全くしないんだもの。
しっかり鼻を利かせていたというのに、猫が目の前を横切るまでハナは気配に気付きませんでした。
少しウトウトしていたとは言え、本当に不思議なこと。
アタシも歳だものね、鼻が弱くなったのかもしれないわ。
ハナはそう言って自分を納得させます。
…本当にそうなのでしょうか。
猫のニオイがしなかったのには、別に理由があるのかもしれません。
真っ白な猫は、藍色のリボンがついた尻尾を揺らしながら
駅のある方へと歩いてゆきました。