死神と逃げる月

□全編
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《侵入者》




始まりを探す彼女は夢の中を漂っていた。




涼やかな微風が吹く小高い丘の上。




深い緑色の葉が茂った大きな木。




それは確かに見覚えのある景色だ。




さほど古い記憶ではない。
最近、どこかで。




その木の下には、女の子が一人立っていた。




「私のことを探しているみたいね」




女の子はそう語りかける。




始まりを探す彼女が状況を掴めずに戸惑っていると




微かに笑みを浮かべて、女の子はさらにこう言った。




「あなたの探している「侵入者」は、この私なのよ」




侵入者。




別の世界からあの街に侵入し、物語のネジを回した誰か。




黒服に捜索を頼んだその相手が、自ら夢の中にまで侵入してきたというのか。




しかし始まりを探す彼女が目星を付けていたのは、こんな女の子ではなかった。




勘が外れたか。




「だけど黒服…あの死神は私には辿り着けないでしょうね」




どうしてそう言い切れるのかしら。




よそ者のくせに、知り尽くされているようで気に食わない。




「彼は今、「蝙蝠傘の彼女」を探している頃ね。だけどそれすら見つかるはずはないのよ」




蝙蝠傘の彼女。




懐かしい響きだ。




誰のことだったかまでは思い出せないが。




「あなたはすぐに始まりを探そうとするけど、見つからないまま忘れていた方がいいこともあるのよ」




女の子は背中を向ける。




歩き出したその向こうには、男の子が一人待っていた。




始まりを探す彼女はそこでようやく気付く。




小高い丘の大きな木。




そこに女の子と男の子。




それは彼女が部屋の壁に描いた窓の、向こう側に広がる景色。




となれば、まさか「侵入者」とは。
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