死神と逃げる月

□全編
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《魚屋の手紙》




週末晴れたかと思えば、月曜日はまた雨が降った。




小指の先ほどの大きさのカタツムリが、レジの脇に立っている柱を登っていく。




魚屋の娘はその日も、店番をしながら手紙の配達を待っていた。




「ごめんください」




郵便配達夫がいつもと同じ時間に訪れ、勝手口から呼び掛ける。




「今日も手紙が届いていますよ」




郵便配達夫の彼は、鮮やかな色の封筒が雨に濡れないよう気をつけながら




出迎えた魚屋の娘にそれを手渡そうとする。




「あ、あの」




魚屋の娘は周りに誰もいないことを確認した。




生憎の天気なので、人通りは少ないようだ。




「ごめんなさい。この手紙、あなたに読んでほしいんです」




何度も練習した通りに、彼女はそう告げる。




それからこれも、と大きめの紙袋を差し出した。




輪ゴムで束ねられた封筒たちが、何束も入った紙袋だ。




「もし良かったら、読んで感想を聞かせてください」




訳も分からないまま配達夫は、受け取った紙袋を覗き込む。




どうやら宛名は全て、魚屋の娘になっている。




しかしどれも、開封された形跡がなかった。




「これって…今までの手紙?封を開けてないんですか?」




「いいんです。内容は全部分かっているから」




今日の彼女は俯き加減で、いつにも増して声が小さい。




わざと目を合わせないようにしているみたいだった。




「それ、実は差出人は私なんです」




彼女は突然そんな不思議なことを言った。




「私って…自分で自分に手紙を出していたということですか」




魚屋の娘は無言で頷く。




配達夫が「どうしてそんなことを」と訊くより先に、彼女は




「手紙、読んでくださいね」




とだけ言うと勝手口を閉めて、また店番に戻っていった。
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