死神と逃げる月

□全編
195ページ/331ページ

《Do you remember me?・2》




「そんなに真っ黒な服装で、暑くないですか」




容赦なく太陽が照りつける夏の午後、俺は河原に腰を下ろしていた。




やれやれ。
死神なんてものはそう簡単に目撃できる存在じゃあないんだが。




この街に来てからは、話しかけられることがまるで当たり前になってしまった。




「お暑いでしょう。日傘でも差せば少しは違いますよ」




その女性は淡い桃色の日傘を差していた。




手には林檎の入った袋。
女性にしては少し低めの落ち着いた声をしている。




確かに俺は服どころか帽子や手袋、靴に至るまで全てが墨を塗ったような黒だ。




本当なら砂浜のように、じりじりと熱せられているはずだが。




「この黒はむしろ涼しいくらいさ」




汗ばむ様子もなく涼しげに答えてみせると




女性は日傘の下から顔を覗かせて、こう訊いた。




「私のこと、思い出していただけましたか?」




以前にも俺は、この日傘の女性から同じことを訊かれた。




しかしいくら考えてみても、彼女のことがどうしても思い出せないのだ。




20年近く前、彼女がまだ子供の頃に俺に救われたのだというが。




「すまない。覚えた人は忘れないのだが、覚えていない人のことは思い出せないらしい」




結局俺は言い訳にもならない言い訳をした。




「『君はちゃんと大人になれるさ』」




「え?」




突然、女性が台詞じみたことを言い出した。




「『死神の俺が言うんだから間違いない』って。そう、おっしゃったんですよ。あなたが、子供の私に」




ああ、そういうことか。




「難しい病気が見つかって、入院することになって。その頃は今より体も心も弱かったですから先の人生なんて諦めてしまって」




気まぐれに囁いたのを、この女性はずっと覚えていただなんて。




「あの言葉にはとても勇気づけられました。だから私がこうして生きて来られたのは、あなたのおかげなんです」




「それは違うよ、お嬢ちゃん。俺が何も言わなくても君の寿命は変わらなかった」




謙遜ではない。
俺は常々そう思っている。




俺の役目なんてそんなちっぽけな、有って無いようなものなのに。




「それでも、あなたのおかげです」




感謝されるようなことは、何もしていないのに。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ