死神と逃げる月
□全編
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《神頼み》
分かっているもん。
僕はホンモノのヒーローじゃない。
逃げてばっかの弱虫毛虫さ。
強くなりたい。
「神様。どうかお願いします。僕に、ヒーローみたいな強さをください」
雨の日の神社は静まり返っていて
心の中で呟いた願い事さえ、聞こえてしまいそう。
「いじめっ子にも負けないで、カサお化けも怖くない、強い僕をください」
英雄気取りの小学生の、小さくて真剣なお願い。
神社の主には届いたでしょうか。
「ピーマンも、トマトも、ナスも食べます。だから」
マントを濡らして靴を汚して
ランドセルの隙間からはリコーダーが突き出して
今日も平和な街を沢山パトロールしたのでしょう。
「宿題も、できるだけやります」
そこへ石段を上がってくる誰かの足音。
その女の人は傘を差しています。
雨の日だから当たり前。
だけど「もしかしたらカサお化けかもしれない」と男の子は慌てて物陰に。
強くなりたいと言った傍から、小さなヒーローは一時退却。
石段を上りきると女の人は顔を上げ、傘で隠れていた顔が見えました。
「カサお化けじゃなかった…」
彼女も何か願い事。
唇をキュッと締めて、少しだけ頬を赤らめて。
あれは魚屋のお姉さんだ。
男の子は気付きました。
「…魚も食べます」
水溜まりに向かって、男の子は小さく呟くのです。