死神と逃げる月

□全編
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《眠れぬ夜は》




再びの夜が訪れた。




始まりを探す彼女は砂時計をひっくり返し、夜を迎える準備をした。




けれど、今日は眠くならない。




昼間、居眠りをしてしまったせいだろうか。




もしかしたら、この砂時計では間隔が短すぎて眠気が足りないのかもしれない。




眠れぬ夜は探し物の時間。




彼女は「収束」を探し始めた。




「終わり」とは少し違う。
「終わり」は何処にでもあるが「収束」はその一部にだけ点在する。




全てのことが元通り、あるいは別の形に収まり安定した場合だけだ。




「例えば宇宙は」




彼女は羊を数えるように独り言を始めた。




例えば宇宙はビッグバンによって誕生して以来、際限なく膨張し続けていると言うが




あるところまで達すると今度は収縮し始め、また元の虚無に戻るという説もあるらしい。




これは宇宙の「終わり」のほんの一例。




数多の選択肢の中にある、数少ない「収束」の結末。




そしてそこから宇宙はまた爆発的な膨張を繰り返すとも言われる。




「収束」から次なる「始まり」へ。




彼女は気付いた。
眠れぬ理由。




傍観者でしかなかったはずの彼女が、どういう訳だか心許なくなっている。




何者かが巻いたネジによって物語は着実に動いてきた。




「始まり」を決めた彼女自身にも今や、その行き先が見えない。




果たしてこの物語にも、この部屋での彼女の生活にもきちんと「収束」が訪れるのだろうか。




それともある時が来たら、ひと思いに跡形なく刷新されてしまうのか。




姿見で自分と向かい合った時のような恐ろしい感覚が、彼女の誘眠を阻害していた。




「黒服。急ぐのだ」




祈るような気持ちで黒い箱を眺めた。




手紙はまだ届かない。
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