死神と逃げる月
□全編
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《負けず嫌い》
ああ、降ってきた。
猫のサチコは湿気が苦手で、雨が降る前の空気には敏感だ。
今日もそろそろひと降り来るぞと、思っていたらば案の定。
傘を持たない人たちは、慌てて雨を凌げる場所を探している。
サチコはその光景を眠たげに見つめた。
ショーウィンドウの内側と外側では、まるで時間の流れが違うみたい。
一体どちらが現実なのかしら、と哲学をしてみたり。
ブティックの店主はまた近所の喫茶店辺りに世間話をしに行ったまま、この様子じゃ雨が止むまで帰ってこないだろう。
「いやー、驚いた」
痩せた中年の男性が、やはり雨から逃れてブティックの入口にある庇へと駆け込んできた。
抱えた箱には何かの機械が入っているらしい。
(中へお入りなさい、と言いたいところだけどビックリさせてしまうわね)
その男性があの写真好きの青年の父親であると、サチコが気付くのにそう時間はかからなかった。
佇まいから表情から、全てが何処となく似ている。
「さあ、この歳で一花咲かせてやるか」
彼は何かを始めようとしているのだろう。
サチコはそういうことにも敏感だった。
思わず笑みが溢れてしまうその男性の顔は、今にも降り出しそうな時の膨れ上がった雨雲と同じだ。
もう時が満ちるのを待ち切れない、という様子。
「あいつには負けてられねぇからな」
負けず嫌いな、この親子。
何の勝負か知らないけれど。
そんなことよりサチコには、少しでも早く雨が止むことの方が重要だった。