死神と逃げる月

□全編
184ページ/331ページ

《Q&A・7》




「なにかいてるの?」




突然の呼びかけに、漫画家の彼女は顔を上げた。




駅前のファミレスは学生や家族連れで賑わっている。




「ねえ、なにかいてるの?」




背伸びをしてテーブルの上を覗き込むようにしているその女の子に、彼女は何枚かの紙を見せながら答えた。




「漫画だよ」




「まんが?」




「絵本みたいなやつ」




まだネームを練っている段階だ。
見せても何が何やら分かるまい。




「おはなし?」




「そうだね」




「どんなおはなしなの?」




好奇心旺盛なナゼナニ女の子。
気になったことは、とことん尋ねるのが信条である。




漫画家の彼女は紙に描かれた男の子らしきラフ画を指差した。




「ヒーローだよ」




あの小学生をモデルに。




子供らしい頼りなさと、純粋な正義の心を宿したヒーロー。




「お姉さんね、小さい時は山登りとか虫取りとか大好きで。男の子とばっかり遊んでたんだ」




そしてテレビの特撮ヒーローに憧れた。




もっと女の子らしくしなさい、なんて怒られたこともあった。




それでも私にとっては間違いなく、あのヒーローが心の支えだったのだ。




今思えば漫画の世界に没頭したのも、新たなヒーローを求めていたのかもしれない。




そんな正義の味方には似ても似つかないけど。




一度、あの子をちゃんと描いてみたい。




「描きたいこと、やっと見つけた」




荒れた生活を送っていた彼女は、まだ以前の感覚を取り戻せてはいない。




思うようにペンが進まないのがもどかしかった。




「こら。ダメでしょ、お姉さんの邪魔しちゃ」




少し離れたテーブルから、母親らしき人物が女の子を呼ぶ。




女の子は素直に「はーい」と返事をして、自分の席へと戻っていった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ