死神と逃げる月
□全編
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《Q&A・7》
「なにかいてるの?」
突然の呼びかけに、漫画家の彼女は顔を上げた。
駅前のファミレスは学生や家族連れで賑わっている。
「ねえ、なにかいてるの?」
背伸びをしてテーブルの上を覗き込むようにしているその女の子に、彼女は何枚かの紙を見せながら答えた。
「漫画だよ」
「まんが?」
「絵本みたいなやつ」
まだネームを練っている段階だ。
見せても何が何やら分かるまい。
「おはなし?」
「そうだね」
「どんなおはなしなの?」
好奇心旺盛なナゼナニ女の子。
気になったことは、とことん尋ねるのが信条である。
漫画家の彼女は紙に描かれた男の子らしきラフ画を指差した。
「ヒーローだよ」
あの小学生をモデルに。
子供らしい頼りなさと、純粋な正義の心を宿したヒーロー。
「お姉さんね、小さい時は山登りとか虫取りとか大好きで。男の子とばっかり遊んでたんだ」
そしてテレビの特撮ヒーローに憧れた。
もっと女の子らしくしなさい、なんて怒られたこともあった。
それでも私にとっては間違いなく、あのヒーローが心の支えだったのだ。
今思えば漫画の世界に没頭したのも、新たなヒーローを求めていたのかもしれない。
そんな正義の味方には似ても似つかないけど。
一度、あの子をちゃんと描いてみたい。
「描きたいこと、やっと見つけた」
荒れた生活を送っていた彼女は、まだ以前の感覚を取り戻せてはいない。
思うようにペンが進まないのがもどかしかった。
「こら。ダメでしょ、お姉さんの邪魔しちゃ」
少し離れたテーブルから、母親らしき人物が女の子を呼ぶ。
女の子は素直に「はーい」と返事をして、自分の席へと戻っていった。