死神と逃げる月
□全編
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《少年よ・2》
駅前の公園に独りぼっちで、英雄気取りの小学生は
トンネルだらけの遊具の天辺まで登り、マントを風になびかせた。
いつもなら放課後は土手の向こうの工事現場に向かうのだが、あの秘密基地は近々取り壊されるらしい。
だんだん居場所が無くなっていく。
「ヒーローはいつだって孤独なのだ」
そうやってカッコつけてはみたが、空ではカラスが間抜けに鳴いている。
その直後、不意に背後から声がした。
「お前、今日も一人だな」
少年は腕組みをしたまま、はためくマントの隙間から声の主を確かめる。
灰色の長い影がトンネル山の傍まで伸びているのが見えた。
「例のカサお化け、こないだ会ったぞ」
彼女は、海岸沿いの家に住む漫画家だ。
たまたま通りすがったついでか、それとも少年を探していたのか。
それは分からないが、彼女には言いたいことがあるらしい。
「何がヒーローだよ。お前、大事なことからは逃げてばっかじゃねえか」
そう、困った時は一時退却。
無理はしないのがヒーローの掟。
何故ならヒーローは簡単に負ける訳にはいかないからだ。
「認めたくないのも分かるが、あの人きっと悲しんでるぞ。悲しんでる人を助けるのが本当のヒーローじゃないのかよ」
漫画家の彼女も、少年の家庭環境は理解している。
母親がいないために学校でイジメに遭っていることも。
父親の再婚相手を受け入れることが出来なくて、遅くまで家に帰れないことも。
「…関係ないだろ。めがね怪人」
少年は遊具から飛び下りて、そのまま走り出す。
もう何処にも居場所なんて無いような気がした。
「逃げるな!闘え!」
鼓舞するような彼女の声が、夕暮れの街に響いていた。