死神と逃げる月

□全編
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《取り壊し》




親愛ならぬ黒服へ。




他ならぬ君に頼みがある。
恐らく私にとって何よりも大事な探し物だ。




私には頼める相手が君しかないのだ。
報酬はないが気まぐれに引き受けてくれると確信している。




探して欲しい物はふたつ。




いや、二人と言うのが正しい。




一人は私の、古い知人だ。




昔よく一緒に食事をとった。
君がよく口ずさんでいるというあの鼻歌を、私に教えてくれた人物でもある。




それ以外のことはあまり覚えていないのだが、恐らく街のどこかにいるはずだ。




もう一人は、侵入者と思われる。
君のいるその街に、別の世界から紛れ込んだ者がいるらしいのだ。




一応こちらは目星がついているのだが確証はなく、何の先入観もない君に改めて突き止めてもらいたい。




勝手に物語のねじを巻いた無粋な奴だ、何を企んでいるのかは知らないが。




なお、君がもしその二人を見つけたとしても余計な干渉は無用だ。
ただちに私に報せることを要求する。




返信を心待ちにしている。
くれぐれもよろしく頼む。




「……」




一通り読み終えたその手紙を、黒服は上の空で眺めていた。




何度も手紙を出した彼女からの返事だ、本当ならもっと喜んでもいいはずなのだが




今の黒服は胸の奥に、大きく開いた穴のようなものを抱えていた。




「嘘吐きなあの子はどうして、俺なんかに感謝したんだ。俺の仕事に一体どれほどの価値が」




風の吹くまま気の向くまま。




そう在り続けた彼が自分の価値に迷うなんて、らしくもないことだ。




「あっ!また来たな!」




少し下の方から子供の声がした。




黒服の男は今、古い山小屋の傍にある木の上にいる。




「ここは僕の秘密基地だぞ」




英雄気取りの小学生が睨みを利かせているが、全く怖くはなかった。




「やあ少年。知らないのかい。この小屋は今月中に取り壊しが決まっているそうだ」




「えっ」




少年の悲しそうな顔を見て、黒服は思った。




嘘吐きなあの子も、本来なら俺に対してこういう表情をするはずだったのに、と。
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