死神と逃げる月
□全編
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《死神と嘘吐き・2》
俺は背中のマントを一度大きく振った。
さっきの警官は煙草好きだな。
交番では吸っていなかったけれど、こちらまで臭いが染み付いてしまった。
「それにしても実に華麗な嘘だった。嬢ちゃん、助かったよ」
俺は小さく感動していた。
この街は本当に不思議な街だと思う。
だって俺の姿が見える人に、もう3人も出会ってしまったんだから。
何かお礼がしたいと言ったが、嘘吐きな彼女ははにかみながら手を振った。
いいってことよ、とかそんな感じ。
実に粋な嬢ちゃんだ。
彼女はただ、嘘を吐くのを楽しんでいるのだろう。
だからもう、満足しているのだ。
「しかし何もお礼をしないではいられない」
彼女は、「じゃあ一緒に鍵を探してくれませんか。どこかで落としてしまって」と申し訳なさそうに言った。
「鍵を?」
おかしいな。
この街にはまだ「返す人」が来ていないのかな。
と、ひとまず首をかしげた上で「悪いけどそれはできない」と答える。
「それは俺の仕事じゃないからな。他人の仕事を盗る訳にはいかないのさ。だが何とかしてもらえるように手紙だけは出しておくよ」
「おじさんの仕事って?」
おじさんとは厳しいなあ。
俺もまだ若手な方なんだけど。
苦笑いを浮かべながら、彼女の耳元でそっと囁いた。
「死神さ」
「死神?」
清潔なシャンプーの香りと共に、全く動揺した様子のない彼女の声が聞こえた。
嘘吐きな彼女のことだ。嘘のような話には慣れっこに違いない。
「さあ嬢ちゃんは何を願う?」
助けた死神に対して、何を願う?