死神と逃げる月
□全編
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《少年よ》
背後からシャッターを切る音がした。
「何だ?」
ホームレスの男は振り返る。
彼は注目されることが好きだ。
写真の類いもそうだ。
「お久しぶりです」
「おう、あの時の兄ちゃんじゃねえか」
首からカメラを提げた彼は、以前このホームレスの男にインタビューをした青年だった。
「どうした。また話を聞きに来たのかい」
「いえ、今日はひとつご報告を」
バナナでも食べながらどうですか、と写真好きの彼は袋を見せる。
「気が利くねえ。バナナが高級品だった世代だから嬉しいや」
「うち青果店なんですよ」
聞けば、病気でしばらく入院した父親が最近やけに優しくなったとのことで
このバナナも家を出る際に渡されたおやつらしい。
大きな怪我をした時の心細さなら、ホームレスの男にも心当たりがあった。
その父親も、似たような気持ちになったのかもしれない。
「で、何だい。報告ってのは。俺たちの仲間になるってか」
写真好きの彼は「それも悪くないですけどね」と笑ってから、誇らしげに言った。
「カメラマンのアシスタントとして、旅に出ることになりました」
「ほう。旅に」
「実は師事していた先輩カメラマンからお誘いをいただいてたんです。ギャラが出ない代わりに費用については面倒見てくれるという話で」
「腕が認められたってことだな。おめでとう」
「どうでしょう。海外行きを目指して色々な国の言葉を勉強したので、通訳として呼ばれたのかもしれませんね」
青年は自嘲気味に笑ったが、何にしてもこれは夢への第一歩には違いない。
ホームレスの男は親指を立てて、興奮気味にこう言った。
「ボーイズ・ビー・アンビシャスだぜ」
後輩思いの元キャプテンは、若い彼の旅立ちを心から祝福していた。