死神と逃げる月
□全編
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《林檎・4》
「ただいまー」
日課のパトロールを終えて、英雄気取りの小学生のご帰宅だ。
辺りはすっかり暗くなっているが、父親は仕事が忙しいのでまだ帰っていないだろう。
「あ…」
それなのに鍵が開いていた。
玄関には女の人の靴と、立て掛けられたピンクの日傘。
家にカサお化けが来てる。
「おかえりなさい」
台所の方から声がしたけど、聞こえないふりをした。
大好きなヒーローの主題歌を歌いながら、階段を上がって自分の部屋に向かう。
見たいテレビがあるけれど、カサお化けには会いたくない。
「ヒーローには楽しみを我慢する強い心も必要だ」
そんな屁理屈で自分を納得させてみる。
だけど、やっぱり見たかったな。
ヒーローの変身(と言ってもランドセルと風呂敷マントくらいだが)を解いたところで
階段を上がってくる足音がした。
「リンゴ剥いたんだけど、一緒に食べない?」
カサお化けは、いつもリンゴを買ってくる。
だけど皮を剥くのが上手じゃない。
最初の頃はよく指を切っていた。
「いえ、いりません」
僕はわざと、知らない人にするような言い方で答える。
「リンゴ、好きなんでしょ?お父さんから聞いてるの」
「好きじゃないです」
違うんだ。
僕が好きなのは
本当のお母さんが剥いてくれた、ウサギの形のリンゴなんだ。