死神と逃げる月
□全編
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《休戦》
コンクリートの上で雨の粒が弾けるのを、ハナは
だらしなく寝そべったまま眺めていた。
このところ、ハナはずっとこんな調子である。
来客があっても吠えないし、散歩に行く時も以前のように拗ねたりはしない。
何をするにも、気力が湧かないのだ。
「たーん!」
また例の、英雄気取りの小学生が颯爽と現れても
「ビリー・ジョン!今日こそ決着をつけてやる!」
身に覚えのない因縁をつけられても
ハナにはもう、そんなことはどうでもよかった。
アタシはとっても悲しいわ。
大きめの溜め息をひとつ。
「…元気ないな。どうしたビリー・ジョン」
小学生は吠えられないと退却できなくて困るらしい。
しばらく考えていたが、初めてハナの傍までやって来てこう言った。
「ヒーローは、元気をなくしてる人には優しくしなきゃいけないんだ。例えそれが敵のモンスターでも」
恐る恐る手を伸ばし、小さなヒーローはハナの頭を撫でる。
その手は雨で少し濡れていた。
傘を持っているのに差さないなんて、男の子ってよく分からないわ。
「元気が出るまで、一時休戦だからな」
英雄気取りの小学生は最後にそう言い残して、雨の中を走っていく。
コンクリートの上で雨の粒が弾けるのを、ハナは
だらしなく寝そべったまま眺めていた。
嘘吐きなあの子が行ってしまった。
ハナはもう何をするにも、気力が湧かないのだ。