死神と逃げる月
□全編
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《旅立ち》
「じゃあ、行ってきます」
嵐が過ぎ去った後の空はとても高く、深緑を纏った木々がその青を欲しがって枝を伸ばす。
嘘ひとつない、春の朝。
いよいよ今日から嘘吐きな彼女は、完全に大学の寮に移ることになる。
遠い街だ。
しばらくは帰って来ないだろう。
「ハナ」
親との挨拶も済ませて、最後に
時には姉のように、時には妹のように、共に成長してきたもう一人の家族に語りかけた。
「ハナ、おいで」
ゴールデンレトリバーのハナは、つんとしたまま。
不貞腐れたように地面に伏せて、目だけで彼女を追っている。
「ツンデレなんだから」
今日は彼女の方から歩み寄り、しゃがんでハナの頭を撫でた。
それだけじゃ許してやんない。
ハナは今日もそんな態度だ。
「いじけてばかりじゃ誰も構ってくれなくなっちゃうよ。あなたももう大人なんだから素直になりなさい」
まるで自分が大人になったような口振りでそう言うと、彼女は荷物を肩に掛け歩き出す。
大学に上がるのは確かに大きなステップだけれど
何かそれ以上に、彼女を成長させたものがあるのかもしれない。
「……BOW!BOW!」
ハナは突然飛び起きると、大きく2回だけ吠えた。
いつもそうだった。
つんとしているうちに手遅れになって、慌てて追いかけるのだ。
彼女もそれを分かっていて、なるべくゆっくり歩く。
「ありがとう。行ってきまーす」
嘘吐きな彼女は笑顔で手を振り、駅に向かう角を曲がった。
誰もいなくなった道の上には、やはり嘘ひとつない青空が広がっていた。