死神と逃げる月
□全編
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《何故死神は彼を殺したか・2》
いよいよ夕立が降り始めた。
郵便配達夫の彼は、その封筒が濡れないように気をつけながら
海辺に佇むずぶ濡れの男に声をかける。
「黒助さん、ですね」
ようやく見つけた。
真っ黒の装束に身を包み、男はただ雨粒を受け入れている。
「やあ。あのオヤジさん以外に、俺のことをそう呼ぶ人がいたとはね」
「お手紙です、あなたに」
郵便配達夫は「黒服宛」と書かれた封筒を見せる。
黒服の男はそれをよく確かめもしないで受け取ると、マントの内側にしまった。
「後で読むよ。今はそんな気分じゃないんでね。もうじき、あの子もここへ来るだろう。そして俺を責めるに違いないのさ」
「あの子?」
誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。
「俺は、こんな俺を助けてくれた彼女に心から感謝していた。何か力になれたらと思って願いを聞いた。だけど、結果的に彼女を苦しめるだけだったのではないか」
ずっとそう思っているんだよ、と男は言う。
遠くで雷が鳴った。
「何故彼を殺したか…確か君は以前そう訊いたが」
黒服も郵便配達夫のことを覚えていたようだ。
そう言えばガソリンスタンド脇にある牛丼チェーン店で、そんな話をしたことがあった。
「生まれる者がいれば死んでゆく者もいる。終わりがなければ始まりもない」
そういった自然の摂理の中に君たちも、そして俺たち死神も、組み込まれているだけなんだよ。
黒服の言葉は雨音よりも優しく、雷鳴よりも強く聞こえた。
「次の始まりのために終わりをもたらす仕事…ということですか?」
「まあ死神の仕事なんて、君とさほど変わらないさ。君が手紙を届けるように、俺は死にゆく者の魂をあの世まで無事に送り届けるのが仕事だ」
後はそうだな、嫌われ役も仕事のうちかな。
ずぶ濡れの死神は、それきり何も言わなくなった。