死神と逃げる月
□全編
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《回想〜死神と嘘吐き・3》
黒服の男(以下、黒):しかし何もお礼をしないではいられない。
嘘吐きな彼女(以下、嘘):じゃあ一緒に鍵を探してくれませんか。どこかで落としてしまって。
黒:鍵を?悪いけどそれはできない。
嘘:どうしてですか。
黒:それは俺の仕事じゃないからな。他人の仕事を盗る訳にはいかないのさ。だが何とかしてもらえるように手紙だけは出しておくよ。
嘘:おじさんの仕事って?
黒:死神さ。
嘘:死神?
黒:さあ嬢ちゃんは何を願う?死神である俺に対して。
嘘:じゃあ、健康で長生きさせてください。とか。
黒:残念だが、それもできない。俺たちは決められた通りにお迎えに行くだけの存在なのさ。勝手に誰かを生かしたり殺したりはできないんだ。
嘘:そういうものなんですね。
黒:まあ、どうやら何もしなくても嬢ちゃんは長生きするようだがね。
嘘:寿命が分かるんですか。
黒:死神だからね。
嘘:それじゃあ、お願いします。私の身近な人で、もし近いうちに死んでしまう人がいたら教えてください。
黒:そんなことを知ってどうするんだい。
嘘:何の前触れもなくある日突然お別れが来たら、きっと私すごく後悔すると思うんです。どうしてもっと一緒に過ごす時間を大切にしなかったんだろうって。それは絶対に嫌だから。
黒:実に無垢な嬢ちゃんだ。死神へのお願いなんて大抵の場合は、目障りな誰かを殺してほしいとか、そんなのばかりさ。なのに。実に興味深い。
嘘:教えてもらうことはできますか。
黒:いいだろう。非常に心苦しいが、ある人物がその生涯を閉じることになる。ちょうど一年ほど先のことだ。
嘘:一年って…そんなに時間がないんですか。
黒:詳しくは言えないが…交通事故で亡くなる。恐らく今、君が最も大切に思っている青年だ。
嘘:え…待ってください。それって、まさか…。
黒:俺に言えるのはここまでさ。あと一年。あっという間だ。その人のことを精一杯、大切にするといい。
これは今から約一年前に交わされた会話である。