死神と逃げる月

□全編
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《道さえあれば》




事故現場を迂回し、商店街の近くで女性の客を降ろす。




それから黄色いタクシーは、相変わらず強風の吹き荒れる道を走り出そうとした。
その時だ。




「あ、危ないぞ」




車道の反対側で手を上げていた女の子が、待ちきれずに車道を走って横断し




ドアを開けるようにジェスチャーで急かしたのだ。




「すみません。急いで行ってほしいんです」




乗り込むなり行き先を告げようとする彼女は、以前にも乗せたことのある大学受験中の高校生だった。




いや、もう4月だ。
大学生になっているかもしれない。




「そんなに慌ててどうしたの。受験はうまく行ったかい」




「運転手さん、お願い。病院まで。お願いします」




運転席と助手席の間に身を乗り出すようにしながら、彼女は泣きそうな声で頼んだ。




一刻を争う事態らしいことを察して、運転手はタクシーをUターンさせる。




また事故現場を迂回して行かなければ。




「……待ってください。やっぱり病院はいいです」




ふたつ目の信号で停車した時、後部座席の彼女は突然そう言った。




病院に駆けつけてもどうにもならないことを、彼女は知っていたのかもしれない。




「死神の居場所まで、連れて行ってください」




「死神?」




何をおとぎ話のようなことを、とは思わなかった。




運転手も会ったことがある。
あの黒服の男。




「しかし、何処にいるのか…おっちゃんにはちょっと…」




「運転手さん、前に言いましたよね。道さえあれば何処でも行くって。死神に会わせて。お願い」




確かに以前、そんな話をした気がする。




彼女が「月に行きたい」と言った時に、「道さえあれば何処でも行くんだけどね」と。




お客様との約束は守らなくては。
タクシーの運転手は料金メーターを止める。




「分かった。日が暮れる前に見つけよう」




さて、まずは何処から探そうか。




しかし月に比べれば、死神の居場所なんてそう遠くないだろう。




この街のどこかに、あの男はいるはずだから。
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