死神と逃げる月
□全編
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《死神と嘘吐き》
鍵を落とした。
郵便局から自宅に帰り着いたところで、嘘吐きな彼女はそのことに気付く。
ひとまずハナを犬小屋に繋いで、来た道を辿ってみたが、どこにも見つからなかった。
誰かが拾ったのかもしれない。
次に彼女の足は交番へと向かった。
「すいません、落とし物の…」
交番の前に立ち、彼女がそう言いかけた時、中から大きな黒い人影が「ぬうっ」と現れた。
黒いマントに黒い帽子。黒い靴。そして黒い手袋。
表情を隠すくらいに伸びた髪の毛も真っ黒だ。
背筋も猫背気味で、まるで浮浪者みたい。彼女は思った。
「おい、まだ話は終わってない」
警官に呼び止められ、黒服の男は交番に引き戻された。
「だから、俺は怪しい者じゃないんだって」
「ならどうして住所も職業も言えないんだ」
「そこは色々と複雑な事情で…」
男は何だか困っているようだった。
嘘吐きな彼女は自分の用事もあったのだけど、少し考えてから思い切って声を上げた。
「あ、やっぱり!こんなところにいた!」
突然の呼びかけに、交番の中の二人は彼女の方を見た。
さらに彼女は、驚く黒服の手を取り「ほら行こう」と促す。
「ちょっと、君は誰だ。その人の知り合いか」
もちろん警官は止めにかかったが、彼女は笑顔で答えた。
「すみません、兄がご迷惑をおかけしました。その…大失恋したショックで最近おかしくて、時々徘徊しちゃうんです」
呆気に取られている警官を残し、彼女は黒服を連れ出した。
嘘吐きな彼女は、またひとつ小さな嘘を吐いた。
ほんの気まぐれで行った人助けだった。
その黒服の男が、何者なのかも知らずに。