死神と逃げる月

□全編
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《事故について》




強い風が吹いていた。




こんな日は何か悪い事が起こりそうな気がしてしまう。




「海辺の街の方へお願いします」




お見舞いを終えた彼女は、黄色いタクシーを拾った。




黒く光る車はあまり好きじゃない。
魚に似ているから。




「ちょっと遠回りになるかもしれませんが、いいですかね」




「何かあったんですか?」




桜の花びらが、フロントガラスにぶつかっては逃げていく。




こんな風の強い日は、何か悪い事が起こりそうな気がしてしまう。




「国道で事故ですよ。トラックが横転してたんで、まだ片付いていなければ迂回しないと」




ほらあのバス停がある辺り、分かりますか?




運転手は大まかな場所を説明する。




「うちの近くだ」




先ほどの救急車は、その事故によるものだったのか。




相変わらず強風が吹き荒れ、街路樹のしなる中をタクシーは走る。




「小さな子供を助けようとしたって話ですよ」




「え?」




風にばかり気を取られて、一瞬話を聞き逃していたらしい。




運転手はもう一度言い直した。




「高校生くらいのね、男の子が飛び出したらしいんですよ。子供を助けるために。トラックは避けようとハンドル切ったけど間に合わなかったんだそうです」




高校生。
まだ若いのに。




「無事だといいですね」




「そうですね。子供の方は怪我もなく済んだみたいですが」




遠くで雷の音が聞こえた。




もうすぐ雨が降る。




こんな日は、何か悪い事が起こりそうな気がしてしまう。
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