死神と逃げる月
□全編
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《Where does he live?》
珍しい来客があった。
住所も郵便受けもないホームレスの男のもとへ、郵便屋が来たのだ。
いや、そもそも手紙なんか送ってくる奴がいたかな。
「すみません。黒服さん宛てに、お手紙なのですが」
郵便配達夫の彼が、まるで黒やぎさんみたいに言う。
きっと差出人は白服さんだろう。
そして黒服さんは読まずに食べるのだ。
いや、流石にそれはない。
「誰だって?」
「いえその、名前も住所も分からないんですけどね。もしかしたら、この公園に住んでいるんじゃないかと思いまして」
どうやら男に用がある訳ではなく、尋ね人らしい。
「名前が分からないんじゃなあ。何してる人だい」
「し……いや、いつも全身真っ黒な服を着た男の人です。ご存じないですか」
死神、とでも言おうとしたのか。
ホームレスの男には、一人心当たりがあった。
「…ああ、黒助のことかな」
「ご存じなんですか」
「知ってるよ。でもここの住人じゃない。何度か誘ってはいるんだがな」
彼はどこに住んでいますか?
郵便配達夫は尋ねる。
「さあね」
ホームレスの男はその太い首をひねった。
「人混みが好きそうには見えないから、河原か山にでもいるんじゃねえかな」
「河原か山…ですか」
彼は手帳に「名前、黒助」と書き込み
丁寧に頭を下げて去っていった。
「いいなあ。あいつには手紙をくれる友達がいるんだなあ」
一体どんな内容の手紙だったんだろう。
今度会ったら、訊いてみようか。