死神と逃げる月
□全編
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《ファミレスにて》
「んー……」
描けない。
私はコーヒーをおかわりすべく、席を立った。
このファミレスに入ってから何時間が経っただろう。
いつの間にか日も暮れている。
ドリンクバーコーナーの近くには、父と娘と思しき2人組。
何か漫画のネタにでもならないかと、耳をそばだてる。
「仕方ないじゃないか。お母さんはあまり強い人じゃないんだ。なるべく傍にいてあげなくては」と父親。
「それは分かってるけど……毎日毎日店番ばかりで」と娘。
話の筋から察するに、母親は入院中といったところか。
「店番ったって日中だけだろう。仕入れとか難しいことは父さんがやっているんだし。じゃあお前は何かやりたいことでもあるのか」
父親が反撃に出る。
「店番が無かったらどうしてた。いつも部屋で本を読んでいるだけじゃないか。そんな生活をするよりは、今の方が健全だと思うが」
そんな物言いに、何となく娘の味方をしたくなる。
言ってやれ。
やりたいことがあるんだって。
私もそうして田舎を飛び出し、漫画家になったのさ。
「それは……」
あーあ。
引っ込み思案な娘は黙ってしまった。
いつまでもウロウロしている訳にもいかないので、コーヒーを持って席に戻る。
テーブルの上には落書きだらけの紙が、落ち葉の絨毯のように敷き詰められている。
以前、私がスランプに陥るまでのほんの少しの間だが担当として付いてくれていた人がおり
読み切りの簡単な話でいいから描いてみないかと、要は仕事を振ってもらえた訳だ。
ただ彼女も『会議にかけてみて、最終的に使ってもらえるかは保証できない』と言っていた。
「決定権のある連中を黙らせるくらいの漫画を描けばいいってことでしょ」
口とは裏腹に、ペンが進まない。
それでもこれが、最後かもしれない再生のチャンスなのだ。