死神と逃げる月
□全編
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《Snow White》
「Meow」
何処かで猫が鳴いている。
3月に入ったばかりの、まだ空気の冷たい真夜中の公園。
ホームレスの男は健康にだけは気をつけていた。
病気をしても医者にかかることができないからだ。
そのためにはまず笑って暮らすこと、そして睡眠が大事だった。
「Meow」
しかし、その夜はどうしてか眠れなかった。
そういう日もある。
そういう日は無理に寝ることはない。
ホームレスの男は猫の鳴き声に釣られるように、広場の方へ歩いていった。
地面には昼間誰かが遊んでいった跡と思われる図形が描かれている。
UFOが残していくという、なんとかサークルみたいだな。
男は思った。
「Meow」
ベンチの上にチョコンと座り、猫は夜空を見上げていた。
尻尾につけられたリボンが揺れる。
「何だ、向かいのブテックの看板娘じゃねえか」
暗闇の中でも輪郭がキラキラと輝いて見えるほど濁りのない白。
まさしく雪のように真っ白な猫だ。
「白雪姫さんよ、あんたも眠れないのかい」
猫はチラッと男の方を見たが、すり寄るでも逃げるでもない。
また「Meow」と一声鳴いて、視線を宇宙へと向けた。
空には真ん丸の月。
「月を見て泣くのは、白雪姫じゃなくてかぐや姫だろうに」
そう言って男は、げらげらと自分で笑っていた。
そうやって笑って暮らすこと、そして睡眠が大事なのだ。