死神と逃げる月
□全編
149ページ/331ページ
《カサお化け》
漫画家の彼女がふらっと神社に立ち寄った時には、もう日も暮れかけていた。
「やあ神様。お賽銭あげるから色々と何だかいい感じにしとくれ」
財布に溜まった小銭を幾らかつまみ、パラパラと賽銭箱に投げる。
これで、世間があっと驚くような漫画のアイデアが、突然降って来ればいいのに。
最近、有り難い話がひとつあった。
けれどそれに乗るべきか否か、彼女はまだ迷っている。
その向こうに待つものは、さらなる挫折でしかないのではないか。
「くしゃん!」
境内の裏の方から誰かのくしゃみが聞こえる。
早速神様のお返事ですか、と彼女は苦々しく笑いながら覗き込む。
そしてそこに座り込んでいた、半袖短パンの小学生に声をかけた。
「何だ、お前か。早く帰らないとすぐ暗くなるぞ」
英雄気取りの小学生は一瞬「げっ」という顔をした。
先日みっともない場面を見られたせいだろう。
「今日は家にカサお化けがいるから」
「お化け?」
小学生は頷いた。
聞き間違いではなさそうだ。
「ヒーローでも、お化けが怖いか」
「怖くはないけど、帰りたくない」
毎日毎日一人で走り回って元気な奴だと思っていたけれど、それも何か家にいたくない事情があるのかもしれない。
学校にも家にも居場所がない。
思い返せば昔の自分にもそういう時期がなかっただろうか。
「じゃあ見かけたらやっつけといてやるよ。カサ以外に目印とかないのか」
小学生は左手を前に突き出して言った。
「包帯してた」
カサお化けっていうより、ミイラだな。
漫画家の彼女は思った。