死神と逃げる月
□全編
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《返信》
ついに手紙が書けた。
始まりを探す彼女はそれを手に取り、まじまじと眺める。
初めて綴った手紙だ。
もちろん彼女の記憶にないところまでは分からないが。
多少拙いところもあるだろうが、気にする相手でもないだろう。
それから始まりを探す彼女は、手紙を黒服に届けるための「手段」を探した。
考えてみれば、そこが問題だ。
郵便配達夫は一向にこの部屋を訪れる気配がない。
今日は休みなのかもしれない。
私服に着替えて、どこかへ出かけているのかもしれない。
無理を言って配達夫を呼び寄せても良いのだが、そもそも切手がないし、それでは節操もないような気がする。
もっと自然な方法で、かの黒服殿に手紙を届けられないものか。
「一旦書き終えてしまった手紙が、いつまでも投函されないまま机に置いてあるというのも、落ち着かないものだな」
生物の鮮度を気にするように、彼女は急いで策をめぐらせた。
あの街とこの部屋では時間の進み方が異なる。
なるべく早く返信しなければ。
「…そうか。これは返信なのだ」
黒服の手紙に対して、彼女は返事を返そうとしている。
ならば、適任の者が一人いるではないか。
現実と非現実の間をふらふらと漂っているあれなら、呼び立てることに何の遠慮も要るまい。
「そうだ。そうしよう」
始まりを探す彼女は手紙を封筒にしまい、その口を閉じた。
宛先の住所は知らない。
「黒服宛」とだけ書いておく。