死神と逃げる月
□全編
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《勝負の日》
嘘吐きな彼女は大通りに出ると、すぐさまタクシーに向かって手を上げた。
私としたことが。
昨日の夜、ちゃんと持ち物を確認したと思ったんだけど。
慌てて取りに帰った時は、お母さんもかなり呆れていたな。
「すいません、急ぎでお願いします」
タクシーに乗り込みながら、わざとらしく時計を気にした。
とにかく急いでいるということを分かってもらわなきゃ。
「あれ?お客さん、前にも」
そう言われて運転手の顔を見る。
確かに以前会ったような気がする。
あれは夏頃だったか。
「…あ、模試の時に」
「そうそう、受験生だったね。もしかして今日が本番なのかい」
私ははにかみながら頷き、忘れ物をしたせいで試験の時間に遅れそうだということを説明した。
それはいけない、と運転手は車を発進させる。
「大丈夫。絶対に間に合わせるから、最後の復習でもしておきなさい」
「ありがとうございます」
いよいよ勝負の日。
暢気な彼の方はきっと確実に合格する。
問題は私だ。
「試験の方も、実力が出せれば大丈夫だよ。うん、大丈夫」
私の実力なんて知らないのに、このおじさんも嘘吐きだ。
だけどその言葉に不思議と勇気が湧いて。
呼吸や鼓動も落ち着いてきた気がする。
後は悔いのないように全力を尽くすだけ。
この街から少し離れた、私にはちょっと偏差値の高い私立大学に
二人揃って合格すること。
それが彼への、最後のプレゼントになるのだから。