死神と逃げる月

□全編
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《シリウス》




ドアの開く音がして、ゴールデンレトリバーのハナは目を覚ました。




「ハナ」




愛しいあの子が犬小屋の前で名前を呼ぶ。




こんな夜更けにパジャマのままで。




眠れないのね。




「ハナ、星が綺麗だよ」




ハナの頭を優しく撫でながら、彼女は言った。




冬の夜空は、空気が澄んでいて星がよく見える。




彼女は南の空を指差して




「ねえ知ってる?あの白く光ってるのが、おおいぬ座のシリウスだって」




おおいぬ座だからハナの星だね、と笑った。




そんなの知ってる訳がないじゃない。




宇宙好きのカレシに聞いたのかしら。




ハナはわざと違う方を向いて、彼女の話を聞いていない素振りをした。




「いよいよ明日か。あっという間だったな…」




明日、何か大事なことがあるのね。




だったら、もう部屋に戻って寝なさい。




真っ白な息を吐いて。
そんな大事な時に風邪をひいたらどうするの。




「そうだね。そろそろ戻るよ」




もちろん言葉が通じる訳ではないけれど、ハナの様子を見て彼女はそう思った。




今夜はやけに素直だわ。




嘘吐きなアナタも、そうやって大人になっていくのね。




「おやすみ、ハナ」




玄関のドアが閉まり、階段を上がっていく足音が聞こえた。




おやすみなさい。
良い夢を。




それからしばらくハナは、夜空を見上げていた。




月も見当たらない静かな暗がりに、シリウスは瞬いている。
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