死神と逃げる月
□全編
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《窓の雪》
始まりを探す彼女は手紙を書き始めた。
冒頭の「親愛ならぬ黒服へ」という釘刺しが実に彼女らしい。
机に溜まった白い埃は軽く払っただけ。
脇には砂時計がひとつ立っている。
便箋や封筒は机の一番下の引き出しから取り出した。
やはり以前、誰かに手紙を出そうとして彼女自身が用意したようなのだが
その相手が一体誰だったのか、まあ少なくとも黒服でないことは確かだ。
『他ならぬ君に頼みがある。恐らく私にとって何よりも大事な探し物だ。私には頼める相手が君しかないのだ。報酬はないが気まぐれに引き受けてくれると確信している』
下手に出るのか身勝手な物言いなのか
それとも単に、コミュニケーションが不得手なだけなのか。
しかし彼女は何となく知っていた。
黒服が彼女の指示に逆らおうとはしないだろうことを。
「…ほ…たるの……ひか…り…」
書きながら彼女は歌を口ずさむ。
灯りのない環境では、それが夏の夜なら捕らえて部屋に放った蛍の小さな光を
そして冬なら降り積もった雪に反射した月の薄明かりを利用して、書物を読んだという。
「雪が積もると明るいのか」
この部屋には蛍も飛ばないし、雪の降る窓もない。
そういった体験がないので、彼女には信じがたいことだった。
「いつしか……とし…も……すぎ…の…とを…」
初めて書く手紙に苦心して、彼女は背後の光景に気付いていなかった。
この部屋の時間で言えば、まだ灯りの必要な夜ではないものの
壁に描かれた偽物の窓の向こうには、今まさに白い粒が舞っているところだ。