死神と逃げる月

□全編
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《秘密》




パシャッ




聞き慣れない音がして、私は我に返る。




「よっ。魚屋さん」




写真好きの彼が笑顔でカメラを掲げていた。




私は慌てて書きかけの便箋を隠す。




「珍しいじゃない」




「そうなんだ。珍しく通りがかったら、君が頬杖をつきながらぼんやりしていたんでね」




私の写真を無断で撮影した彼は、高校の同級生である。




夏頃に海岸で再会を果たすまで、同じ商店街に住んでいるのに一度も遭遇しなかった。




「誰かを待っているのか」




「そんなふうに見えた?」




「まあね」




「…ただ手紙を待ってるだけ」




本当は物語の続きを考えていたのだけど。




でも嘘は吐いていない、いつも手紙を待っているのは事実だ。




「それ、恋人からの手紙だろう。いやまだ片思いってとこかな」




「え?」




今日はまた一段と寒い。




彼の頬もうっすらと赤くなっている。




私の頬も今、赤いのかしら。




「どうして…」




「写真は真実を写すからね。君、恋をしているだろう。間違いない」




見抜かれた。




誰にも打ち明けたことがない私の秘密。




このままずっと胸に秘めて生きていくと思っていたのに。




「そうだよ」




気付いたら自然とそう答えていたんだ。




初めて認めてしまった。




私はずっと片思いをしていて




いつも、大好きな彼から手紙が届くのを待っているのだ。
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