死神と逃げる月

□全編
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《死神と嘘吐き・4》




とある冬の早朝、黒服の男はイチョウ並木坂を下っていく人たちの群れを見かけた。




「やや、お祭りでもあるのかな」




神様というものは、お祭り好きと相場が決まっている。




決してはしゃいだりするような性格ではない彼も、人々のお祭りを遠くから眺めるのは好きだ。




好奇心に突き動かされ人の流れに乗ってイチョウ並木を抜けると、やがて目の前にいくつかの鳥居が現れる。




どうやらこの先には神社があるらしい。
鳥居の辺りでは、行きと帰りの群れが入り交じっていた。




「おや」




黒服の男は一人の少女の姿を、神社から出てくる群れの中に目ざとく見つけた。




マフラーを巻いているが頬は寒さで赤く染まり、手袋をしたその手には小さな布袋のような物が見える。




「久しぶりだね、嬢ちゃん。だけどそんな御守りでは、お迎えを免れることは出来ないよ」




声をかけると少女は、黒服の姿を見て「あっ」と一度驚き、そして歩み寄って少し強い口調でこう言った。




「違います。これは、合格祈願の御守りです」




「合格祈願?ああ、君たちは受験生なのだったね」




彼女は以前、デタラメな嘘を吐いて黒服を華麗に助け出した高校生だ。




そのお礼に黒服は、彼女の願いをひとつだけ聞き入れてあげたのだった。




「これは何のお祭りだい」




黒服は神社の方を遠巻きに眺めながら尋ねた。




「お祭り?今はお正月ですよ。初詣に決まってるじゃないですか」




「初詣だって?そうか、いつの間にか年が明けていたのか」




どうやら黒服はそういうことに無頓着になっているようだ。




風の吹くまま気の向くまま、興味のないことは気にしない、それが彼の信条である。




「これは失敬。それでは改めて、明けましておめでとう」と慌てて仕切り直してから




「嬢ちゃん、あれからどうだい。元気にしてるかい」




と、また尋ねた。




黒服は密かに、彼女のことを気にかけていたのだ。
何度か家の前まで様子を見に行ったこともある。




助けてもらった恩返しをしたつもりが、結局彼女を苦しめているんじゃないだろうか。




いや、そうに違いない。
黒服はずっと気掛かりだったのだ。




だが嘘吐きな彼女は、無邪気に笑ってこう言った。




「私、今とても幸せなんです。あなたのおかげだと思ってます」




「俺のおかげ?」




不思議なことだ。




少し前に会った日傘の女性にも、「あなたのおかげです」と言われた。




死神である自分が、一体どうして感謝されているんだろう。




その言葉の意味を明かすことなく、御守りをコートのポケットにしまって彼女は足早に去っていく。




冷たい北風が、彼女の背中に吹きつけていた。
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