死神と逃げる月
□全編
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《林檎・3》
余程、お気に入りなのだろう。
彼女は冬でも、晴れた日には相変わらず日傘を差している。
しかし、ワンピースの時はとても清楚な出で立ちに見えたが
コートを着込んだ上に桃色の日傘は明らかにミスマッチだ。
「ああ、いらっしゃい」
日傘の女性が八百屋に着くと、店主は目尻にシワを沢山作って笑いかけた。
いつ見ても、人を陽気にさせる気持ちの良い笑顔である。
「こんにちは」
「いつもの、林檎ですかい」
何度か買いに来ているので、彼女のことも覚えてもらえたらしい。
彼女は小さく頷いた。
「ええ、林檎をください。ふたつ」
店主は「空気が乾燥して良くないねえ」と少し咳をしながら、林檎を包む。
それを渡そうとした時、女性が提げている紙袋に目が行った。
これは確か駅前の、猫が飼われているブティックの袋だ。
あそこは有名なブランドを取り扱っている訳でもないのだが、仕立ても良くそれなりに値の張る品が多い。
「買い物の帰りですか」
「そうなんです。ちょっと過ぎてしまったけど、クリスマスの」
どうやら誰かにプレゼントする物のようだ。
フードの付いたジャンパーなのだと、彼女は言った。
「毎日寒いでしょう。それなのにいつも薄着で、風邪をひいてしまったら大変ですものね」
プレゼントをする側の彼女が、何だかとても嬉しそうにしている。
「喜んでもらえるといいですねえ」
「ええ本当に…喜んでもらえると、いいんですけどね」
お釣りを受け取る手に、以前見た包帯はもう無かった。