死神と逃げる月
□全編
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《天敵》
完璧に見えるヒーローにも苦手なものはちゃんとある。
今まで目にしたどの特撮ヒーローも、それからアニメヒーローだってそうだった。
致命的な弱点があって、卑怯にも必ず敵はそこを突いてくる。
だけどそれを勇気や平和を愛する強い心で克服し、悪に打ち勝つのだ。
それは、思い込みのヒーローも同じこと。
「たーん!」の掛け声がトレードマーク。
得意技は一時退却。
マントとリコーダーで武装して放課後の街を駆け回る、独りぼっちの小さなヒーロー。
彼にも苦手なものは沢山あるのだ。
甘い物は好きだけど、野菜や魚は苦手。
虫は好きだけど、クモとミミズだけは駄目。
雷の音も、難しい宿題も大嫌いだ。
そして何よりも苦手な天敵が、1人いた。
「あ…」
英雄気取りの小学生は、道の向こうの曲がり角に淡い桃色の日傘を見つけると
イチョウの絨毯を蹴って、慌てながらも格好よくUターンした。
思わず飛び出た鼻水をすすり、振り返ってもう一度その日傘を眺める。
「……」
相手が自分に気付いていないことを確かめると、「たーん!たん!」と叫びながら小学生は走って逃げた。
悪の秘密結社「バックギャモン」の関係者、という訳でもなさそうだが
一体どんな理由があるのだろうか。
英雄気取りの小学生は、その日傘の女性のことが他の何よりも苦手だった。