死神と逃げる月

□全編
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《配役》




冬の店番は楽じゃない。




特にここ数日は急に冷え込んで、骨まで凍みる寒さだ。




魚屋の娘は足下に小さなストーブを置いて、レジのカウンターに座りながら




相変わらず手紙を書いていた。




「さて…何処まで書いたんだっけな」




囚われの姫様のもとに……そう、見習いのコックが訪ねてきて。




そのレシピはデタラメばっかりで大失敗。




だけど夢に溢れていて、誰もが笑顔になってしまう魔法の料理なのです。




それから、ああ貴婦人の幽霊のくだりがあって。




生前は、果物ナイフも握ったことのなかった貴婦人。
彼女にはある秘密があった。




それは…その秘密は何がいいだろう。




「終わりが見えないですね、この物語には」




ぼやきながら頬杖をついた。




私の店番と同じで、終わりが見えない。




いつまで書き続けるのだろう、私はこれを。




「たーん!」




ふっと我に返ると、店の前を小学生が駆け抜けていく。




たまに見かけるけれど、こんな寒い日でも元気だな。




「たんたーん!」




格好よくポーズを決めて、ヒーローにでもなったつもりでいるんだわ。




…決まった。
あの子は小公子。




気位が高くて強情だけど、やっぱり子供じみていて泣き虫で。




そして、そうだ貴婦人の幽霊の秘密は。




「実は小公子の…本当の母親は、その…貴婦人だったのです…」




魚屋の娘は、その文章を声に出してみたりしながら




つらつらと便箋に文字を並べる。




足下の小さなストーブで、時折かじかんだ指をほぐした。




ああ、明日は暖かくなるといいなあ。
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