死神と逃げる月
□全編
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《鈴の音》
始まりを探す彼女は、このところ探し物をしなくなった。
彼女も、自身のそんな変化に気付き始めている。
「私はいつも何かを探していた…けれど、一体何を探そうとしているのか自分でもよく分かっていなかった」
ただ漠然と、「始まり」を。
今この部屋にいる自分の始まりを。
この部屋に来る前の、本当の始まりを。
理由も分からずに探し続けていた。
その理由が、少し解けたような気がするのだ。
「ヒントをくれたのは、黒服、君だよ」
黒服の言った通りだった。
探し物は初めから、その街にあったのだ。
だが、彼女は部屋から出られない。
「どうやら、君に手紙を返す時が来たようだ」
遠くから鈴の音が聴こえる。
彼女は目を閉じて、大好きな歌を口ずさんだ。
『ああ人生は、なんて素晴らしい』
『おお生きるって、なんて美しい』
『ああ出会いって、なんて愛おしい』
その先は、どういう歌詞だったか。
思い出せないが、今の彼女は無理にそれを探そうとはしない。
分からないところは鼻歌で。
鈴の音が鳴り止むまで、彼女は歌い続けていた。