死神と逃げる月

□全編
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《母より》




漫画家の彼女は、あくびを噛み殺した。




睡眠薬というのも体質によって相性があるらしい。




前に処方してもらった薬は、確かに眠れるのだが寝覚めがスッキリしない。




薬の切れが悪いと言うのだろうか、日中も頭がボーッとする。




その上あまり疲れはとれず、ただ気付けば朝になっているのだ。




それでもアルコールを利用する睡眠法にも限界を感じ、やむなく薬に頼る日々だ。




今日は目覚めてからずっと窓際に腰掛け、波が右往左往するのを眺めていた。




緑色のカーテンは付けっぱなしなので、だいぶ色がくすんできている。




買い替えたい。




「ん……」




家の前にバイクが停まる。




白いヘルメットを被った郵便配達夫が、うちの郵便受けに封筒らしきものを入れた。




窓から目が合うと彼はいつも会釈をして去っていくのだが、気さくに会釈を返す気にはなれない。




郵便物が届くたびにとても重苦しい気分になるのだ。




漫画の仕事はない。
連絡を取り合うような友人も特にいない。




あれはきっと郷里の母親からに違いない。




もういい加減にして帰って来い、という内容の手紙だ。
見なくても分かる。




それにあの人は変わっていて、差出人の名前も住所も書かないで「母より」とだけ書くのだ。
見なくても分かる。




封筒を取りに行く気にもならず、眠りに就く方法について再び思いを巡らせる。




昨日、ドラッグストアで別の睡眠薬を買ってみた。




今夜からは、そっちを飲んでみようと思う。




市販の睡眠薬は効き目が弱いと聞くけれど、色々と試してみれば合うものが見つかるかもしれない。




それでも駄目なら。




「また医者にかかるのも面倒だし……ネット上でも買えるか探してみようかね」




貯金はあとどれくらいだったか。




あーあ。




何してんだろう、私。
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