死神と逃げる月

□全編
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《食卓》




『一人で食べるのと、誰かと一緒に食べるのとでは、味が全然違うんだ』




あれは誰が言った言葉だったろう。




まあいい。
どうせ思い出せない昔の話だ。




始まりを探す彼女は、オーブンから取り出したミートローフを皿に切り分けた。




『食事は必ず誰かと一緒にとるようにしてるんだ』




その人は、いつもそんなことを言っていたような気がする。




ただの口実だったのかもしれないが。




始まりを探す彼女は、ミートローフにグレイビーソースを絡めて口へと運ぶ。




いつもと何も変わらない味だ。




『それは、どうして?』




当時の彼女は、ある日そう尋ねた。
つまり、どうして食事を人と一緒にとるのかと。




テーブルのこちらと向こうでお互いに、切り分けたミートローフにフォークを入れたタイミングだったと思う。




ああそうだ。
思えばあの日もミートローフを食べた。




そして、その人は驚くほどに即答したのだ。




『そりゃ一人の食卓は寂しいからさ』




結局のところ、それが誰だったのかは思い出せないままだが




そうして共に食卓を挟んだことが、何度かあったと思う。




「一人の食卓の、何が寂しいのだろう」




彼女はこの部屋に来てからずっと、一人でいるのが当たり前だった。




だから寂しさなど知る由もないのだ。




「誰かと一緒に食べるだけで、この味が変わるというのか」




今の彼女には理解ができなかった。




けれど当時の、今では思い出すこともできないあの当時の彼女は




きっと、その人の言葉に納得していたに違いない。




今こうして彼女が食卓につき、ミートローフを平らげるまでの間に




誰かと食事を共にした記憶を懐かしんでいるということは。
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