死神と逃げる月
□全編
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《再戦!》
「たーん!たん!」
遠くから子供の声が近付いてくる。
この声。
やれやれ、また来たのね。
ゴールデンレトリバーのハナは呆れた様子で溜め息を吐いた。
英雄気取りで街をパトロールして回っている、小学生の男の子だわ。
ここへも度々来て、毎回同じことを言って去っていく。
きっと今日も言うわね。
ほら。
「ビリー・ジョン!今日こそ勝負だ!」
私はハナよ。
ビリー・ジョンなんかじゃないわ。
リコーダーの入った袋をグッと突き出して威嚇しているけれど、遠すぎて全然怖くないわね。
ひと声、吠えてやるだけでアッサリと逃げてしまうし。
鬱陶しいけど、何だか憎めないのよね。
「くらえ!たたーん!」
それにしても、随分と寒くなったのに半袖に短パン。
風邪をひいてしまうじゃない。
寒くないのかしら、男の子って。
よく見たら鼻水が出ているわ。
「くそ!手ごわいな!」
リコーダーなんかしまって、もっと近くに来ればいいのに。
そしたら世話焼きなハナが体をくっつけて、暖めてあげてもいいのよ。
だけどいつも男の子は、捨て台詞を残して走っていってしまう。
「一時退却だ!次は負けないからな!」
どうして気付かないのかしら。
尻尾を振ってあげているのに。