死神と逃げる月
□全編
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《来る者、去る者》
もう、この街にもすっかり慣れたつもりでいたのだけど。
気付けば私は道に迷っていました。
海が見えます。
明らかに違う方向に向かっていたようです。
秋風は少し遅咲きの金木犀の香りを連れて、ますます私を心細くさせました。
「あの、すみません」
私は観念して、通りがかった女の子に声をかけることにしました。
制服に鞄、彼女は学校帰りの高校生でした。
普通の学校に通ったことのない私には、その出で立ちがお気に入りの日傘よりも眩しく見えます。
「ああ、小学校はこっちじゃないですね。良かったら案内しましょうか」
とても親切な女の子でした。
「ありがとう。この街に来たのが最近で、まだ道がよく分からなくて」
「そうなんですか。私は生まれも育ちもこの街だから、任せて」
もちろん、その小学校にも通ってましたよ。
彼女は胸を張って言います。
「あ、でも…もうちょっとしたら私、たぶんこの街からいなくなるんです」
「あら、お父さんの転勤か何か?」
「いえ、私一人で。ちょっと遠いところに行くんです」
若いのに親元を離れるなんて、大変なことだと思います。
けれどいつかは誰しもに訪れる巣立ちの日。
だから、ちっとも懐いてくれないあの子にも、今のうちに沢山甘えてほしいと思うのだけど。
「その手、怪我してるんですか」
左手の指先に巻いた包帯を見て、彼女が尋ねます。
「ああ、これですか。林檎を剥いていた時に、ちょっと…」
そう答えると「私もこないだ、珍しく料理なんかしたら切っちゃいました」と言いながら
彼女は指の絆創膏を見せて笑っていました。
きっと彼女も、
食べてくれる誰かのことを思いながら作ったのでしょう。