死神と逃げる月

□全編
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《退屈を知る》




シャワーを浴びることで「始まり」を手に入れた彼女は




次に「退屈」を探し始めた。




「始まり」からそれを「継続」し「持続」するためには、「退屈」が何よりも必要だろうと思った。




先ほど届いた手紙の返事でも書こうか。
彼女は頬杖をつく。




黒服の彼とは会ったこともない。
彼も彼女のことを本当はよく知らないが、時々こうして思い出したように手紙を寄越す。




少し頭の堅い彼女は、見も知らぬ相手に手紙など失礼な、とも思うが、今や愛着さえ湧いてしまっている始末。




とは言え返事を出したことは一度もなかった。




もし返事を書いたなら、郵便配達夫をこの部屋まで呼び寄せて運んでもらおう。




チェスの駒のように、的確なルートで。




そうだ、チェス。
いや将棋の方がいい。




一人将棋こそ「退屈」に違いない。




「退屈」は「退屈しのぎ」の中に身を隠している。




彼女は将棋盤を目の前に置いた。




「退屈」が始まった。




ルールは知らない。
ただ「退屈」を知るのみだ。
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