死神と逃げる月

□全編
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《夜明けのキャット》




朝ぼらけの空。




今夜もUFOは現れなかった。




猫のサチコはブティックが開店するまでの間、駅前の路地を歩いて回る。




居酒屋が軒を連ねた横丁。




大きなポスターが目を引く映画館。




鳩の糞で汚れた宝くじ売場。




(この時間だとまだコンビニくらいしか開いてないわね)




街がまだ目を覚ましていない。




そういう早朝の空気を感じながら悠々と歩くのは、格別の気分だ。




ふと気配を感じて後ろを振り向くと、眼鏡をかけた女性が立っていた。




コンビニの袋を持っている。




(こんな時間に買い物なんて、この人も夜行性なのね)




立ち止まったままこちらを見ているので、サチコもしばらく彼女を見上げた。




「ちょっと待って」




女性は袋を下に置いて、中身を出し始める。




お酒の缶と、おつまみ。




(今から呑むつもりなのかしら)




「猫ちゃん、これあげる」




魚肉ソーセージのビニールを剥いて、サチコの鼻先でゆらゆらと揺らす。




(私は知らない人から施しを受けるほど、はしたない猫じゃないわ)




そう思いつつもサチコは女性の手に飛びかかり、瞬く間に魚肉ソーセージを奪取した。




(……つまり与えられたんじゃなく、これは自分の力で奪い取ったのよ)




満足げに魚肉ソーセージをかじる。
あくまで上品に少しずつ。




その女性は猫が大好きらしい。




うっとりとした表情でサチコの食事を見守っている。




「不思議だね。私って猫アレルギーなんだけど、何ともないや」




サチコは一声、鳴いてやる。




ソーセージのお礼にリップサービスだ。




「おいしい?」




女性はますます目を細めるばかりだ。
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