死神と逃げる月
□全編
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《インタビュー》
「ホームレスになる前は野球やってたんだよ」
答えながら男は汗を拭った。
ここ数日、また真夏日が戻ってきている。
夏は暑ければ暑いほど好きだな、男は思った。
「ああ、野球選手だったんですか」
青年は大袈裟に驚く訳でもなく、実に自然体だ。
さて、ホームレスの男は今この青年からインタビューを受けている。
何でもここの公園で生活をするホームレスの写真が撮りたいらしく、良ければお話もと言われた訳だ。
そんな申し出に気を悪くするのではないかと、青年はかなりの勇気が要ったんだとか。
しかし、この男は人と話すのが好きだ。
目と金歯をキラキラさせながら口を動かす。
そんな男に時折カメラを向けつつ、青年はメモを走らせた。
「だけどプロじゃ通用しなくてよ。インタビューなんて高校の大会以来だから、30年ぶりくらいかな」
それは今日みたいな炎天下だった。
一応キャプテンを務めてもいた。
自分のまとめたチームが勝った後のインタビューなんてのは優越の極みだ。
しかし、いつも最後に待っているのは敗戦のインタビューだった。
優勝チーム以外はみんなそうだ。
「引退後もしばらくはアルバイトとかしたんだが、あまりうまく行かなかった。それまで野球しかやって来なかったからな」
人生にも負け続け、挙げ句に始めたホームレス生活も20年近くなる。
よく考えると、これが一番長続きしていることになるな。
男は妙な感慨を得た。
「僕も似ているのかもしれません」
写真好きの青年がそう言った。
見た感じの雰囲気は、体育会系の男とは丸っきり違うのだけど。
「僕は高校の頃から写真ばかりでした。それを取り上げられたら、先の人生なんて想像もつきません」
「そりゃ素質あるな。いつかホームレスになるなら面倒見てやるさ」
「心強いです。その時はお願いしますね」
「ああ、元キャプテンに任せとけ」
青年はカメラを片付けると「また来ます」と頭を下げる。
「でも、なるべくそうならないように頑張れよ」
およそ30年ぶりのインタビューは、そんな言葉で締め括られた。