死神と逃げる月
□全編
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《蝙蝠傘の彼女・3》
「やあ、待っていた」
朝のお勤めを終えたホームレスの男が
食事を調達して、住処である公園に戻ると
黒い服に身を包んだ死神が一人待っていた。
ホームレスは親しげに彼の頭を叩いて言う。
「黒助。いよいよ仲間入りする気になったか」
「会うたび、そればかりだな」
黒服はうんざりしながら帽子を被り直した。
「訊きたいことがあるんだが」
ホームレスの男がベンチに座るのを確認してから、黒服は切り出す。
「蝙蝠傘の彼女とは、何者なのだ」
「何だって?」
どこで聞き付けてきたのか。
思いもよらない名前を出されて、男は面食らった。
だが昔の話をするのは嫌いではない。
「あれは健気な娘だったよ。俺が一番辛い時を支えてくれた」
「伴侶か」
「いや、好きとも伝えていない。言わなくてもお互い気持ちは分かっていたがな」
気付けば自然と近くにいた。
半同棲のような状態だったと言えるだろう。
「彼女と会う時はいつも雨だったんだ。真っ黒な蝙蝠傘を差して、俯いていることが多かった」
「今はどこに」
「さあな。ある日突然さ、彼女が姿を消したのは」
「探さなかったのか」
「普通じゃない気はしていたからな。何というか、誰にも言えない重たいものを背負っているようで。俺もそこには踏み込めなかった」
それにしても、この男は何故彼女のことを知りたがっているのだろう。
少し気になったが、懐かしさも手伝ってお喋りが止まらない。
「彼女は傘の下から、黒くて冷たい瞳で、捨てられた子犬みたいに俺を見るんだ」
そういう奴を拾ってやりたくなるのは、俺の性分なんだな。
昔も今も。
ホームレスの男はまた何か言いたげに、黒服に笑いかけた。