死神と逃げる月
□全編
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《距離感》
その女性はいつも日傘を差して、街を散歩していました。
彼女の病気には紫外線が良くないらしいのです。
けれどそこで黒を選ばずに、淡い桃色の日傘を差し
真っ白なワンピースを着て腕を出しているのは
ハンディがあっても女性らしくありたいという、彼女の純粋な気持ちであり
またそうして気軽に外出できるようになったことが、病気の順調な快復を示していて
それが彼女は何より嬉しかったのです。
「まあ、大きな犬」
日差しの割りに風が涼しかったその日、いつものように散歩をしていると
民家の並びのひとつに犬小屋が建てられていて、一匹の犬が寝そべっていました。
入院生活が長かった彼女は
衛生面を考慮して、小さな室内犬としか触れ合えなかったので
こんな大きな犬はテレビでしか見たことがありません。
「どうしよう。触っても大丈夫かしら。乱暴な子じゃないかしら」
恐る恐る近寄って、頭に手を伸ばします。
その時。
「BOW!」
「きゃあ!」
日傘が怖かったのでしょうか、その犬は一声吠えました。
もしかすると震える手から、女性の緊張が伝わったせいかもしれません。
突然の出来事に、心臓がドクドクと激しく高鳴ります。
「ごめんなさい、急に近付いたりして」
犬はそれ以上、吠えようとはしませんでした。
見慣れない相手に、どう接したら良いか戸惑っている様子です。
「まるで、あの子みたい」
もっと近付きたいけれど、そうすれば相手は逃げようとする。
ちょうど良い距離感というのは、なかなか難しいものです。